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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)25号 決定 1991年2月22日

債権者

東條裕彦

右代理人弁護士

桜井健雄

正木孝明

井上英昭

債務者

岩井金属工業株式会社

右代表者代表取締役

広沢清

右代理人弁護士

中村善胤

原則雄

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、平成三年一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二十六日限り月額二一万六〇八一円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

(申立の趣旨)

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、平成三年一月から本案判決確定に至るまで、毎月二六日限り月額金二二万三一六四円の割合による金員を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

(申立の趣旨に対する答弁)

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

(申立の理由)

一  債務者は、金属プレス鈑金熔接加工及び金属製品製造等を目的とする株式会社であり、肩書地に本社を置き、同所及びその近辺や大阪府枚方市、門真市等に工場を有し、その従業員数は約二〇〇名である。債権者は、昭和六〇年三月債務者に採用され、以後第一製造部第一機械部門においてプレス工として勤務し、平成元年四月からは同部門第三班の班長をして来た者である。

二  債務者は、平成二年一二月二八日、債権者に対し、債権者を解雇する旨の意思表示をなした。債務者が挙げた解雇理由は、債権者が、<1>同年一〇月一三日の従業員集会において、債務者の広沢社長が集会場に入るとき罵声を浴びせ、また、同社長の発言を妨害したこと、<2>同年一一月八日、第一機械工場のプレス機を毀損し、債務者に損害を加えたこと、<3>同年一二月四日、食堂に債務者の許諾無くして「井手窪委員長を職場に戻せ」との掲示をしたこと、<4>同月二日、債務者の工場内に不法に立ち入ったこと、の四点である。

三  しかし、債務者のなした本件解雇は、債務者会社の従業員によって組織された岩井金属労働組合(以下「組合」という。)の青年部長を務める債権者の組合活動を嫌悪したものであり、ことに右各解雇事由はいずれも事実無根であって、全く理由がなく無効である。

四  債権者は、現在独身であるが、債務者からの給与だけで生活を維持している者であり、預金等の蓄えもほとんど無い。債権者は、平成二年一月から一二月までに債務者から給与として賞与を含め合計二六七万七九七七円の支給を受けており、月額平均にすると二二万三一六四円となるが、これは債権者の生活を維持するために必要最低限度の金員である。また、健康保険及び厚生年金等の資格を継続させるためには、債権者の従業員たる地位の確保が必要である。

五  よって、債権者は、申立の趣旨のとおりの仮処分を求めるものである。

(申立の理由に対する認否)

一  申立の理由第一項及び第二項の事実は認める。

二  申立の理由第三項の事実は否認する。

三  申立の理由第四項の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  申立の理由第一項及び第二項の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件解雇の正当性について判断する。

1  債務者の主張する解雇理由の<1>は、債権者が平成二年一〇月一三日の従業員集会において、広沢社長が集会場に入るとき罵声を浴びせ、また、同社長の発言を妨害したというものである。しかしながら、一件記録によれば、債権者は同年六月六日に結成された組合の青年部長であること、債務者会社においては、同年一〇月四日ころ広沢清が社長に就任して以来、組合幹部を呼び付けて組合の解散を迫ったり、職制を動員して組合員に脱退を強要したり、組合員という理由だけで職務に差別を加えるなど、露骨に組合敵視する態度を取り、同月一三日にはその執行委員長である井手窪啓一に対し広沢社長においてさしたる理由もないのに突然解雇を通告したこと、その解雇通告の直後に開かれた従業員集会において、債権者は、集会場の前方に向かっていた広沢社長に対して一言「不当だ。」と抗議し、また、同社長が話を始める前に「あんまりおかしいんではないですか。」と発言したものの、それ以外は全く発言していないこと、以上の事実を認めることができる。そうすると、井手窪の解雇については債務者に非があると思われること、組合員である債権者がそれに対して抗議するのは当然であり、抗議の態様も平穏な程度に止まっていると言えることに鑑みれば、債務者の主張するような事実はなく、若しくは故意に事実を誇張したものであって、その主張は当たらないと言わざるを得ない。

2  債務者の主張する解雇理由の<2>は、債権者が平成二年一一月八日、第一機械工場のプレス機を毀損し、債務者に損害を加えたというものである。しかしながら、右の事実を認めるに足りる資料はないし、しかも一件記録によれば、債務者が右プレス機の毀損と標榜しているのは、プレス機の一部塗料が削り取られて「団結」の二字が表わされたに過ぎない事実を指していることを認めることができるところ、そのことによって右プレス機の作動に影響があるとは考えられず、これをもって毀損というのは誇張というべきであるし、前記のように当時債務者による組合敵視の態度が烈しく、「団結」の文字がこれに対する抗議を表していると見られることをも考え合わせると、仮に右の行為が債権者によってなされたものとしても、これを解雇理由の一つとするのは一方的に非を債権者に転ずるものであって、権利の濫用として許されないというべきである。

3  債務者の主張する解雇理由の<3>は、債権者が平成二年一二月四日、食堂に債務者の許諾無くして「井手窪委員長を職場に戻せ」との掲示をしたというものである。しかしながら、一件記録によれば、前記のように債務者は殊更に組合を敵視し、労働協約によって設置を保障されていた組合掲示板を同年一〇、一一月ころ一方的に撤去するなどしたため、それ以後は組合のビラや機関紙は事実上広沢社長において掲示を許していた食堂に掲示するしか方法がなかったこと、そこで、債権者もそれに従い前記井手窪の不当解雇に関して、「井手窪委員長を職場に戻せ」と記載した組合ニュースを食堂に掲示したものであること、以上の事実を認めることができる。そうすると、債権者の右掲示に係る行為は正当なものというべく、むしろ組合掲示板を一方的に撤去した債務者に責められるべき事由があるのであって、債務者の右主張は全く当たらない。

4  債務者の主張する解雇理由の<4>は、債権者が平成二年一二月二日、債務者の工場内に不法に立ち入ったというものである。しかしながら、一件記録によれば、債務者は、組合敵視の一環として労働協約によって供与を保障されていた組合事務所を同年一一月ころ一方的に破壊したこと、そこで、債権者は、右事務所を修繕するため、勤務時間外である同年一二月二日の日曜日に、組合事務所の存した工場内に立ち入ったものであること、工場の守衛は債権者の立入りを知ったものの特に退去を要求することはなかったこと、以上の事実を認めることができる。そうすると、債権者の右立入りは何らその勤務や債務者の事業に影響を与えるものではなく、その原因を作ったのも専ら債務者の組合事務所の破壊にあるのであるから、これについて債権者に責められるべきいわれはない。

以上のとおり、本件解雇は、事実に基づかないでなされたものであるか、若しくは事実を故意に誇張し、又は解雇理由となし得ない事由を基礎としたものであって、解雇権の濫用として無効である。そして、債権者がその従業員たる地位を保全すべき必要も当然にあるというべきである。

三  賃金仮払いについて

(証拠略)によれば、債権者は、現在独身であるが、債務者からの給与だけで生計を立てている者であり、特に資力はないこと、債権者は、平成二年一月から一二月までの一年間に債務者から給与として諸手当及び賞与(賞与も特段の事情がない限り賃金の一部であることは明らかである。)を含め合計二六七万七九七七円(税金及び社会保険料込み)の支給を受けており、そこから通勤手当及び食事手当を控除した基本給、及び調整手当、皆勤手当、時間外手当、賞与等諸手当の合計は二五九万二九七七円であること、賞与を除いて毎月二六日までに給与の支給を受けていること、以上の事実を認めることができる。

ところで、賃金仮払いを命ずる仮処分は、賃金の支払いが断たれることによって労働者の生活が危機にひんし、本案判決の確定を待てないほどに緊迫した事態に立ち至るのを暫定的に救済することを目的とするのであって、保全すべき権利の終局的実現を目的とするものではないのであるから、仮払いを命ずるべき金額は当該労働者の生活を維持するに必要な限度に止まるものである。そのことからすると、通勤手当及び食事手当については、これらは現実にされた通勤や勤務に伴う費用を弁償するために支給されるのであるから、生活補償とは関係が無く、仮払いの必要性を肯定することはできない。しかし、その反面、本件事案に係る諸事情、なかんずく債務者が組合を執ように敵視して前記井手窪に続いて債権者といった組合役員を立て続けに解雇し、紛争が容易に解決するとは思われないことに鑑みれば、債権者が本件解雇前一年間に受けた基本給及び諸手当(ただし、通勤手当及び食事手当を除く。)の総金額を基礎として算出した月平均額をもって仮払いを命ずることも本件においては合理性があるというべきであり、その金額は二一万六〇八一円(二五九万二九七七円÷一二)であって、都市生活を送る独身勤労者にとってその生活を維持するに一応必要な金額と認められることからすると、右金額の限度において仮払いを命ずるべきである。次にその終期については、債権者が本案訴訟の第一審で勝訴すれば、仮執行宣言を得ることによって同様の目的を達することができること、保全事件は飽くまで本案訴訟に付随し、その認定も疎明による程度に止まるのであるから、確定に至らないとしも本案訴訟の第一審の結果は尊重して然るべきことを考え合わせると、第一審の本案判決言渡しまでとするのが相当である。

四  よって、債権者の本件申立ては主文第一、二項の限度で理由があるので担保を立てさせないでこれらを認容し、その余は失当なので却下することとし、申立費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 内藤正之)

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